ついこの間、それをものすごく実感した。
いやね、俺ももう36歳ですよ。36。
10代の頃は、自分が36歳になるなんて、考えもしなかった。
どう考えても永遠に10代。
まぁちょっとは20代ぐらいになってやっても?いいけど?ぐらいに思ってた。
それがどうだ、20代どころか余裕の30代、まもなく40代も目の前をチラホラしやがるようになるとは。
この歳になるまで、色々と衰えは実感してきた。
まず代表的なのは集中力。勉強とかすると顕著なんですけど、もうびっくりするぐらい集中力が続かない。10分ぐらい問題に取り組んだかと思ったら、次の瞬間には雑誌読んだりしてますからね。そしてそれすら長時間続かずに、今度は映画とか観だしたりしますし。それにも飽きてジョギングに出たりもします。もうそもそも、何がしたかったのかすら分からん状態に。
意外に衰えを実感しないのは、体力。
んまぁもともと、衰えるほど無かったというのもあるけど、そもそもが瞬発力が必要な運動を、あまりしませんからね。マラソンとか水泳とかなら、むしろ今のほうが向上しているくらいですし。
でもね。
先日ついに、これは完全に衰えたなと、実感した出来事がありました。
それは、人の話を、聞かないと、聞けなくなった、という事なんです。
例えば、つまんない会議で誰かが喋っている場合、全く違うことを考えていて、急に話を振られた場合。
これまでならその瞬間に、記憶を巻き戻すことで、そいつが何を喋っていたのかを思い出すことが出来たんです。つまり、聞いてないつもりでも、ちゃんと頭の中には記憶として蓄積されていっていたんですよね。
これが出来なくなった。
ちょっと違うことを考えていたら、もう完全に記憶の外。どんなに思い出そうとしても、はなっから記憶に無いもんだから、絶対に思い出せない。
これ、ちょっとしたことだけど、すっごく困る。
職業柄、誰かに話しかけられても手を止めずにプログラムを書いていたい時があるんですけど、それをしてしまうとどちらかがおろそかになってしまう。
忙しさのピークのときは、電話で取引先と話しつつ、プログラムを書きつつ、ブロックサインで後輩に指示、みたいな事も出来てたのに、いちいちひとつずつやらなきゃならんくなった。
すっげぇ非効率。
今までは、何の問題も無くできていたのに!
最近、ますます時間の大切さを思います。
平均寿命から考えたら、まだまだ時間はあるように思いますけど、今と同じように頭が働き、同じように体が動くのは多分、10年も無いと思うんですよね。
当たり前なんですが、動物である以上、人は毎日確実に老いていく。
なら、つまんないことをしている時間はなるべく減らして、楽しいこと、向上できることを目いっぱいやらなきゃ!
こーしちゃいられない!まだまだ楽しいことは山積み!
全力で人生を、やりましょー!
午前中はコーヒーについての理論と実践。
いよいよカフェスクールらしくなってきた!
しかし、一抹の不安がある。
俺は普段からコーヒーを飲まないので、コーヒーの味なんて分かるだろうか。
でも、心配は無用でした。
コーヒーの味って言うのは、個人の好みに結構左右されるので、これが正解という味は無いそーだ。もちろん、確実に失敗ってのはあって、それをクリアしていることが最低条件なんだけども。
授業ではコーヒ豆を、荒く挽いた場合、細かく挽いた場合の味の違い。抽出時間の違いなどによる味の違い。アイスコーヒーの作りかた(冷やし方)の違いにおける、味の違い。
なんてーのを、理論と同時に実験にて教わる。
もちろん作った端から自分で飲んでみるので、数時間で10杯近くのコーヒーを飲むことに。
この日、人生最大にコーヒー飲んだわ。さすがに夜は寝辛かったわ。
実は事前に個人的にミルを手に入れてて、自分で豆を挽いて見様見真似でコーヒーを淹れたりしてたんだけど、べつに美味しいとは感じなかった。ってかぶっちゃけ、インスタントのが美味しいレベルだった。そしてこの授業を経て分かったのは、俺は抽出しすぎの失敗作を量産していた、ということでした。
だってやっぱ、豆からコーヒー成分を全て搾り出したいと思うのが、底辺の当然の思想じゃん?でもその思想は、コーヒーを無駄にしていたようです。
ここでまともに作ったコーヒーは、俺でも美味しい、というかコーヒーらしい味と感じました。
コーヒーでガボガボの腹を抱えて、昼休みへ突入。
初日はお弁当を持ってきて食べたりしていたけど、午後の調理実習で確実に腹いっぱい食うことになるので、昼は何も食わないことにした。
午後の授業へ。
ミネストローネとラタトゥイユを作ります。
本日はとうとう、本格的に料理。絶望的に切れる包丁も、使いまくります。ものすげぇ火力が出る、業務用コンロも使います。負傷者が出ない事を祈りたいと思います。主に俺に。
例によって、一番前の調理台でシェフが流れるように作り上げていくのを、生徒が取り囲んでガン見&メモ取り。作り上げたシェフに、見たんだから作れるだろう後は頑張れと放流されて、全員青い顔でそれぞれの調理台へ散り散りになる。ここからは基本的に個人戦。
となりで「あ、ジャガイモ皮剥くの忘れた」とかいう危険な発言が聞こえても、構っている余裕はありません。制限時間までに、いかに失敗せずかつ効率よく品々を作り上げるか。頭も体もフル回転です。
そしてなんとか、大きな失敗もすることなく作り上げました。
味もまぁ、なんかいつもどおり薄い気もしなくもないけど、味見はしてきたし、わりと塩は入れられたと思うのでよしとする。
疲労困憊で忘れかけていたけど、今日はクラスメート全員に提案があるんだった。
そこにいた全員に、クラスの意見交換や情報共有のために、ネット上にコミュニティを作成するので、そこに任意で参加してくれって話をする。
今後、実習の復習をどこかの調理室を借りてやるとか、レンタルカフェで一日カフェするってイベントなんかも考えるって話をしたら、みんな予想以上に食いついてきてくれた。
これはわりと近いうちに、イベントを実現できそうな雲行き。
これで、俺が脳内で暖めていた一日カフェ企画も、少し前進したわけで。
これからますます楽しくなりそう。
気がつけば2年も通っていながら、恐ろしい速度で成長していません。
でもね。この間ついに、デッサンの基本に気がついた。
2年もやって、ようやく基本に気がつけるってのも大器晩成過ぎて震えるレベルなんですが、ようやくちょびっとだけ進化した。
んで気づいた事なんですが。
それは「形は四角の集合である」ということなんです。
では例を挙げてみましょう。
まず、最終目標として、こんな感じの円筒を描く場合。
デッサン狂ってる、とか思った人は悔い改めてください。俺はめちゃめちゃ悔い改めてますよ。
絵の話に戻しますが、いきなり円から描いていくと、大抵どこかでバランスがおかしくなって、つじつまが合わない絵になりやすいです。
そこで、考えます。
これは形としては円柱ですが、四角で表現する方法は無いものか、と。
四角に置き換えたら、円よりはずっと描き易いですからね。
そこで、この形は長い長方形と、その横に小さめの四角がくっついたものだと見抜きます。
つまり、こういうことです。
上の二つをくっつけると、それっぽい形になります。
後はこれの側面に、十字の補助線を引いてー
補助線に沿って、円を描いてー
それを奥に延ばせば、ほらそれっぽい。
例として挙げた絵は至極残念な出来でしたが、雰囲気は感じていただけたのではないかと思います。この手法を使えば複雑な立方体も、四角の集合体と考えれば、わりと描けちゃったりします。
これが分かったとき、色々と気がつきました。
教室に入ったばかりの頃、やたらと立方体の練習ばかりさせられましたが、それはこういう事に気がつくための、ヒントだったのだなと。2年も経ってようやく気がつきました。
これが出来るようになったら、これまで苦手だった円柱なんかも楽しく描ける様になりましてね。嬉しくてしょっちゅう描いてた。
もうデッサン極めたと言っても過言ではないな、とまで思ってた。
そしたら今度は、なんか全体のバランスが悪いことに気がつきましてね。
先生いわく、補助線に頼りすぎて、全体を見れていないとの事でした。あ、それここで初めて描いた時にも言われてたわ。ってかほとんど毎回言われているわ。
うん、全然デッサン極めてなかった。スタートラインに立ってるかすら怪しいレベルでした。
精進します。
いよいよ今日から、授業開始。
事前に担任からのメールにあったとおり、制服と調理道具一式をもって、えっちらおっちら学校へ。
制服もかさばるけど、調理道具もわりと重い。20リットルぐらいのザックが、ほぼ一杯になるぐらいの荷物。
これを毎回持ってかなきゃならんのは、地味に辛いな。
午前中の1~2限は、講義。
俺は、授業開始15分前ぐらいに到着して、講義室に入る。余裕の一番乗り。
後から徐々にクラスメートが入ってくる。
みんな、初日ほどの固さはなくなってきてて、そこそこお喋りなんかもするようになる。ひとりが名簿つくりをしてくれてたので、俺も記入しとく。
ここでの出会いは、わりと人生において重要な位置づけになる可能性も、結構ある。積極的に交流してかないと。
授業開始時間が近づくにつれ、なんだか緊張する俺達。だんだんと静かになる教室。最後まで「いやーなんか緊張するっスねーアハハはぁ」と無駄口を叩く、迷惑な若干俺一名。
時間になり、授業開始。
初対面の先生に、またしても自己紹介。
しかしオリエンテーションの自己紹介とは違って、みんなかなり深く喋ってた。やっぱみんなそれぞれ、確固たる思いがあって、ここに来てるんだなーと改めて思いました。
授業は、経営についての話。
当然、これまで学んだことの無い世界の話で、先生の経験談なんかも交えて話が聞けたので、わりと楽しく学べました。ただ、後半にカフェの歴史みたいな話になった時は、おもくそ船こぎました。歴史が苦手で、何度も途中で分からなくなってしまうので、心機一転最初から勉強しなおす、と言う愚行を繰り返しまくったため、縄文時代だけに異常に詳しくなった過去を思い出す。
午後からは調理実習。
包丁の使い方を教えてくれるというからワクワクしてたのに、鮮やかにスルー。
いや、数秒くらいの説明はあったけど。押して引いたら切れる、とかそんなレベル。
しかしガツカリしている暇も無く、実習は急速に進む。
シェフは、初回だから楽とかゆーてたけど、プレ授業のときと同様、こっちは必死でした。
シェフが鼻歌交じりで作るのを見ながら、必死にメモをとりまくる。どのタイミングで油(サラダ油、ピュアオリーブ、エキストラバージンオリーブオイルの3種類がある)を入れて、どのタイミングでどの食材をどのように調理するのか。使うコショウは白か黒か。
もちろん事前にレシピなんてないし、もらえるのは材料が書かれた紙だけ。全部自分で作るから、一箇所でも分からない部分があったらそこで調理は止まってしまう。シェフは1回しか作ってくれないので、見落としたらもうそこでアウト。
メモはすばやく、ただし正確に。そしてシェフの手元や喋る内容にも注意を向けなきゃならん。
もうね、こんなにド真剣になったのって、小6の頃に17ページにわたるラブレター書いた時以来よ。ちなみに返事も好反応もありませんでしたが。
今回はツナサラダで、マヨネーズを自作した。
別に難しいことは無く、卵にゆっくりとサラダ油を混ぜていくんだけど、15分ぐらい休まずずーっと混ぜていなきゃいけないので、腕がピキピキゆーてました。ってかマヨネーズって本当に、油の塊なんだな。いつの頃からか、マヨネーズが食べられなくなりました。固形の油を食ってるみたいな感覚になって、吐きそうになってしまう。あの感覚は、わりと間違いではなかったんだな。
制限時間までに作って、すぐに食べて、すぐに後片付け。
ものすごいバタバタ。
今回も、何がなんだか分からんうちに作り上げて、食べてた。
見た目が悪いのは、急いでいるせい。決してセンスがないからではある。
時間が許せば、他の人が作ったのを食べたりもする。同じ材料なのに、味が全然違ったりするのが面白い。大抵は、他の人が作ったものの方が美味しかったりする。
授業終わり。
全員、疲労の色がものすごく濃い。
言葉少なにフラフラと着替えて、パラパラと帰っていく。
しかしまぁ、ものすごく充実した時間でもある。
次はエスプリ(コーヒーの淹れ方)授業!楽しみっす。
「モノを所持しているだけで、コストが発生している」
部屋の隅に設置された、本棚を見てみる。
愛読している本、積読している本、買ったら満足した参考書や指南書などなど。
並べるだけでは飽き足らず、本の上に本、本の下にも横にも斜めにも本、本、本。hon around hon。
ものすごく無駄な空間だし、見苦しい。
でもまぁそれさえ除けば、持ってるだけならタダだし。いつかまた読むかもしれないし。
そもそも買った本を簡単に捨てるなんて、お百姓さんに申し訳なくて出来ませんよ。
と、考えていた時期が俺にもありました。
この「いつかまた読むかも」とか「捨てるのはもったいない」という考えに同調できた人は、俺と同じく、片付けられない系男子に属する可能性が高いです。
そこで登場するのが、冒頭に書きました「保存コスト」という考え方です。
実は、モノはただ在るだけでも、コストが発生しているというのです。
理系らしく、相手をうさんくさい理論でケムに巻いてみましょう。
例えば家賃です。
家賃は、部屋だけでなく、押入れや戸棚のスペースに対しても支払っています。
家賃の対価として得られているスペースの一部に、何物かが存在すると言うことは、その分自噴の使えるスペースは減ります。家賃は変わらないのにスペースだけ減る。これはつまり、「何物か」の分だけ、対価が減る事になるわけです。
式で表すと、家賃を「Y」、スペースを「SP」、荷物を「家賃」、とすると、
Y=SP+家賃の関係にあるとき、
0=SP+(家賃-Y)
0=SP
つまりこのままでは、スペースがゼロになってしまうのだよ!
ならんか、そうか。
まぁそんな事ゆーても、実際は開いたスペースをそのままにしておこうが、何かを置こうが、取られる家賃は変わらない訳だし。それなら何か置いたほうがお得じゃね?
そう考えた人も、俺のように非モテ最下層社畜系男子に属する可能性が高いです。
繰り返しになりますが、そこで登場するのが「保存コスト」です。
この「コスト」というのは、なにも金銭だけの話ではありません。
「コスト」を「労力」と言い換えてもいいかもしれません。
例えば不要になった服をたくさん所持している場合。服を選ぶ際に、その不要な服がたくさんあると、着たい服に到達するまでに、選び分ける時間が長くなりますよね。奥に仕舞った引っ張り出す為に、体力も使うかもしれません。
また、衣替えともなると、それらの服もまた入れ替え対象となるわけです。着ないのに。
防虫剤やカビ対策なども必要になります。
本の場合も同じです。掃除するときにいちいち除けないといけないし、持っている本を把握していないので、持ってないと思って同じ本を2度買ってしまう危険性もあります。
これらの労力は全て、無駄なものを保持してさえいなければ、不要だったものです。
これが無ければ、家での一つ一つの行動は、もっと効率よく短時間でこなせるはずなのです。
と、いう理論を思いついたので、試しに実践してみたいと思います。
まず本をブックオフ。服とゲーム、デジタル関連をハードオフに叩き込みたいと思います。
いつか弾けるかも...!と夢見まくってきた楽譜どもも、捨てまくります。電子データに変換してから。
