俺のおみや

とにかく口が開くことによって、いろんな事が可能になった。

病室に戻って、鏡を見たり口を開いてみたり閉じてみたりと、色々と遊んでみた。
長々とベットの上で鏡に向かって、口を開いたり閉じたり、閉じたり開いたり。
ヒマなのでずーっとそんな事してた。
その結果、ようやく口を開いている、閉じているという感覚が戻ってきた。
全力で口を開いて、開くのは１センチぐらい。
人差し指が、ギリギリ入るぐらい。
それ以上開くのは、ものすごく痛い。

まずは何はともあれ、歯磨きした。
歯の内側を２週間磨けなかったので、もう明らかにうにょうにょしてた。
歯の裏に、ヘンな層が出来ていた。
それをもう、うらうらと思い切り磨きまくった。
まだ口が１センチぐらいしか開かないので、奥歯のほうに歯ブラシをもってくと、柄の部分がつっかえたりする。
巧みに歯ブラシを使い、洗いまくった。
もうすんごい勢いで汚れが落ちた。
生涯で一番、歯磨きの効果が確認できた瞬間だった。

ものすごくスッキリ！歯がなんか薄いし軽い。
風呂も入れて、顔も洗えても、口の中がうにょうにょしてたのが凄く気になっていたんだけど、これで復活！

そして歯の解放後、初めての食事。
昼食。








ミキサー具合が少しだけ減って、細かい固形ものも出てきた。
左下にあるのはミキサー中華丼。
白いのは鶉卵。

おいおい、今の俺に固形物なんか食えるわけねーだろ。
これは明らかに病院側からの挑戦だな。

病院側「これぐらい軽いでしょ？それとも鶉卵が怖いの？カッコワライ」

何だとコラー！
患者側としてはその挑戦、受けないわけにはいくまい！
この明らかに頭おかしい人の大和魂が、あわや病院内で死にかける事態に。

鶉卵を口に運ぶ。
一口に入れ込んでやろうかと思ったけど、サイズ的に無理がある。
俺が全力で口を開いても、鶉卵は入らない。

こっ、このままでは戦わずして負けてしまう！
開かない口を、必死に口を開いた。
うぉぉぉとか言うてた。
おお神よ、俺に鶉卵に勝てる力ををををー！
とにかく必死に開いた。
ハンマー投げた後の室伏ぐらいは叫んでた。

そのかいあって、ついに鶉卵を口の中に入れることに成功した。
よっしゃ！俺はやれば出来る子だ！
もう痛みすぎて、アゴのどこが痛いのか分からないぐらいあちこちジンジン痛む状態になったけど、とにかく口の中に入った！
あれ？
口の中に入った、鶉卵を舌で転がしながら、ふと思った。
口の中に入れたらあかんやん。
歯で噛まないとあかんやん。ピッコロ大魔王とちゃうねんから、卵丸呑みなんかできるか。

鶉卵を歯の間にはさんでやろうとするも、やはり隙間が狭くて出てこない。
バカなー。入ったものが出ないはずは無いだろう、常識的に考えて。
あんなに苦労して口の中に入れた鶉卵を、今度は必死に取り出そうとしてる。
明らかに、頭が残念な人です。

またアーとかギャーとか叫びながら、歯の間に鶉卵をはさむことに成功した。
もう疲れきってて、肩で息をしていたよ。
さぁて、一気に噛み切ってやる！
こっぱみじんこにしてくれるわ！かかってこいゆうしゃよ！

かてー。
鶉卵、むちゃくちゃ硬いし。
手術を経て進化したＮＥＷ俺は、歯を閉じる力も全然無かった。
しかもその硬い鶉卵が歯につっかえて、外に出すことも噛み切ることも出来なくて、段々苦しくなってきた。
その状態で口は限界以上に開いてるもんだから、鶉卵を移動させるためには、さらに限界を超えてセブンセンシズ出さなならん。
それはもう体力的に無理。もうアゴのあちこち痛いし、おまけに痛みが熱を連れて来てくれてたっぽいし。
まさか、俺はこれでオワリ？死因は鶉卵？
口に鶉卵を咥えたまま、ものすごパニくった。
やべー。この死に方はありえない。ハンパない。
どーせロクな死に方しないとは思っていたけど、さすがにこの死に方はロクなさ過ぎ。

箸で無理やり、鶉卵を器へ強制送還。
もうホント死ぬかと思ったよ。
鶉卵恐るべし。
しょっちゅう恐るべしとか言う言葉簡単に使うけど、今度は本当に難しく言う恐るべし。

涙目になって、しばらくベッドに横になったあと、もう少し頭のいい方法でアプローチしてみた。
箸で卵を割って、口に入れてみた。

うん。かてーの。
全然無理。
鶉卵が硬くて噛めない。
俺、鶉卵がこんなに固いなんて、生まれて始めて認識したよ。