サッカー経験者に
「オフサイドが分からない」
と言った時、親切に説明してくれたらそいつは良い奴。
俺も四半世紀ほど昔に、サッカー教室みたいなものに入って、サッカーをやっていたことがあった。
と言っても、本格的にフォーメーション組んだり、理論的な責め守りをするようなものではなく、ボールのあるところにひたすらみんなが集まる、典型的な素人サッカーだった。
練習らしい練習もほとんど無かったような気がする。
よそのチームも似たり寄ったりだったから、多分当時の小学生レベルは、そんなもんだったんだと思う。今はもっと進化してそうだが。
そんなもんなので、ポジションとかも適当。
キーパーとそれ以外、って感じ。
キーパーは人気が無いので、誰もやりたがらなかった。
当時は、デブか、使えない奴か、根暗な奴がキーパーをやる、という暗黙のルールがあった。当時から既にデブで使えなくて根暗という、見事三冠王を成し遂げていた俺は、流れるように華麗にキーパーの位置に収まった。
ゲーム中、とにかくキーパーはハミる。
全員がボールに向かって猪突るもんだから、ゴール付近には誰もいなくなる。
たとえ点を入れたとしても、その時は自分以外の全員が、相手ゴールのそばにいることになるから、誰とも喜びを分かち合えない。
その上点を入れられようものなら、お前のせいで負けた的な糾弾を受ける羽目に。
いいとこなし。
サッカーの思い出と言えば、ずーっと向こうの方でみんながボールに向かってワイワイやってるのを、遠くのゴール前から1人、それを見ているシーンが真っ先に浮かぶ。
しかも冬で、雪がちらついていて凄く寒かった。あまりにも暇なので、ゴールによじ登ったりして遊んでいたような記憶もある。
物凄く寂しそうな景色だけど、寂しくて辛かったというような記憶は無く、ただひたすら早く終わって欲しいとだけ考えてた。この頃から独りに慣れ親しんでしまったせいで、こんな社会不適合者が出来上がってしまったんだな。
俺の性格が悪くて友達がいないのは、0.2%ぐらいはサッカーのせい。
は?オフサイドが分からない?
ググれよ。
「オフサイドが分からない」
と言った時、親切に説明してくれたらそいつは良い奴。
俺も四半世紀ほど昔に、サッカー教室みたいなものに入って、サッカーをやっていたことがあった。
と言っても、本格的にフォーメーション組んだり、理論的な責め守りをするようなものではなく、ボールのあるところにひたすらみんなが集まる、典型的な素人サッカーだった。
練習らしい練習もほとんど無かったような気がする。
よそのチームも似たり寄ったりだったから、多分当時の小学生レベルは、そんなもんだったんだと思う。今はもっと進化してそうだが。
そんなもんなので、ポジションとかも適当。
キーパーとそれ以外、って感じ。
キーパーは人気が無いので、誰もやりたがらなかった。
当時は、デブか、使えない奴か、根暗な奴がキーパーをやる、という暗黙のルールがあった。当時から既にデブで使えなくて根暗という、見事三冠王を成し遂げていた俺は、流れるように華麗にキーパーの位置に収まった。
ゲーム中、とにかくキーパーはハミる。
全員がボールに向かって猪突るもんだから、ゴール付近には誰もいなくなる。
たとえ点を入れたとしても、その時は自分以外の全員が、相手ゴールのそばにいることになるから、誰とも喜びを分かち合えない。
その上点を入れられようものなら、お前のせいで負けた的な糾弾を受ける羽目に。
いいとこなし。
サッカーの思い出と言えば、ずーっと向こうの方でみんながボールに向かってワイワイやってるのを、遠くのゴール前から1人、それを見ているシーンが真っ先に浮かぶ。
しかも冬で、雪がちらついていて凄く寒かった。あまりにも暇なので、ゴールによじ登ったりして遊んでいたような記憶もある。
物凄く寂しそうな景色だけど、寂しくて辛かったというような記憶は無く、ただひたすら早く終わって欲しいとだけ考えてた。この頃から独りに慣れ親しんでしまったせいで、こんな社会不適合者が出来上がってしまったんだな。
俺の性格が悪くて友達がいないのは、0.2%ぐらいはサッカーのせい。
は?オフサイドが分からない?
ググれよ。
「俺は○○が出来ます」
と、自信を持って言えることが、俺には無い。
昔はそーじゃなかった。
仕事であるプログラミングにしても、社会人2年目ぐらいの頃は、
「コンピュータについて俺の知らないことは、もう何も無い」
と、わりと本気で思っていた。
英語も、一応身振り手振りと中学生レベルの英語を駆使して、何とか意思疎通が図れたりもしないことも無い程度なのに、
「英語?ペラペラっすよカッコワライ」
とか豪語してた。
料理に関してもそう。
料理できるの?と聞かれたら、余裕で
「まぁ一通りは(何故か上から目線で)」
とかほざいてた。
でも今は違う。
その世界を知れば知るほど、俺など「出来る」レベルにはない事を痛感する。
仲間内では無敵でも、世界で見たら話にならない事ばかり。
昔はがむしゃらに、特に仕事に関しては負けたくなくて、「出来る」男になろうと必死だった頃もあった。
だけど、俺が満足する「出来る」レベルに行くためには、他の全てを犠牲にしてでも努力した結果出なければならないことに気が付いた。
だから代わりに、仕事という狭い範囲だけでなく、俺がやりたい全てについて必要にして十分な知識や技能を身に着けることに、注力することにした。
英語なら、なんとか5W1Hで聞きたいことが聞けるレベル。
スキューバダイビングなら、1人で潜ってもナビして帰ってこられるレベル。
自転車なら、簡単な修理は自分で出来るレベル。
こんなふーに、色んな事を楽しめるレベルにするために、勉強したり練習したり。
何かひとつを極めるのもいいけど、俺にはこっちの方が楽しい。
というわけで本題です。
と、自信を持って言えることが、俺には無い。
昔はそーじゃなかった。
仕事であるプログラミングにしても、社会人2年目ぐらいの頃は、
「コンピュータについて俺の知らないことは、もう何も無い」
と、わりと本気で思っていた。
英語も、一応身振り手振りと中学生レベルの英語を駆使して、何とか意思疎通が図れたりもしないことも無い程度なのに、
「英語?ペラペラっすよカッコワライ」
とか豪語してた。
料理に関してもそう。
料理できるの?と聞かれたら、余裕で
「まぁ一通りは(何故か上から目線で)」
とかほざいてた。
でも今は違う。
その世界を知れば知るほど、俺など「出来る」レベルにはない事を痛感する。
仲間内では無敵でも、世界で見たら話にならない事ばかり。
昔はがむしゃらに、特に仕事に関しては負けたくなくて、「出来る」男になろうと必死だった頃もあった。
だけど、俺が満足する「出来る」レベルに行くためには、他の全てを犠牲にしてでも努力した結果出なければならないことに気が付いた。
だから代わりに、仕事という狭い範囲だけでなく、俺がやりたい全てについて必要にして十分な知識や技能を身に着けることに、注力することにした。
英語なら、なんとか5W1Hで聞きたいことが聞けるレベル。
スキューバダイビングなら、1人で潜ってもナビして帰ってこられるレベル。
自転車なら、簡単な修理は自分で出来るレベル。
こんなふーに、色んな事を楽しめるレベルにするために、勉強したり練習したり。
何かひとつを極めるのもいいけど、俺にはこっちの方が楽しい。
というわけで本題です。
バイオリンを始めた頃、先生によく
「右手の小指が使えていない」
って指摘されてました。
そして気が付けばそれから7年がたった今、先生によく
「右手の小指が使えていない」
って指摘されてます。
人間というのは学習し、成長するものです。
たとえば山に出かけて、誤ってワライタケを食ってしまった人は、次は気をつけようと悲痛な面持ちで反省するしょう大爆笑しながら。
それはひとえに、自分自身の過去の経験から学んだからです。
これをすれば痛い目にあう、こうすると不利益になる、ということがはっきり分かっているからこそ、それを避けるようになったわけです。
いや、俺かて分かってるんですよ。
弓を上手く持ってないせいで、絶望的な音が壊滅的になってる事は。
なんせこの間、習って一ヶ月という人の音聞いたんだけど、その人は既に俺が目指す頂にいたからね。軽くヘコんだわ。
「右手の小指が使えていない」
って指摘されてました。
そして気が付けばそれから7年がたった今、先生によく
「右手の小指が使えていない」
って指摘されてます。
人間というのは学習し、成長するものです。
たとえば山に出かけて、誤ってワライタケを食ってしまった人は、次は気をつけようと悲痛な面持ちで反省するしょう大爆笑しながら。
それはひとえに、自分自身の過去の経験から学んだからです。
これをすれば痛い目にあう、こうすると不利益になる、ということがはっきり分かっているからこそ、それを避けるようになったわけです。
いや、俺かて分かってるんですよ。
弓を上手く持ってないせいで、絶望的な音が壊滅的になってる事は。
なんせこの間、習って一ヶ月という人の音聞いたんだけど、その人は既に俺が目指す頂にいたからね。軽くヘコんだわ。
